杉玉、またの名を酒林。毎年新酒が出来上がると造り酒屋の玄関に吊るす真緑の丸い造り物です。お酒の神様、奈良の大神(オオミワ)神社のご神体が、拝殿うしろの三輪山であるため、そこに生える杉を束ねて丸く刈りこみ、酒造りのシンボルとして全国の酒造家に広まりました。
以前オーストリアを旅した時、片田舎の酒場(ホイリゲ)の入り口に、束ねた木の枝が無造作に下げてあるので、これは何かと尋ねたら、杉の枝でワインの新酒が出来たサインだと言われ驚きました。一説によるとこの風習がシルクロードを介して極東の日本に伝わったとか。手先の器用な日本人はただ枝を束ねるだけでなく、見た目にも美しい球体に仕立てたということでしょうか。
当蔵の杉玉の生産者 田中慶一さんは、学生時代スポーツマンとして馴らした偉丈夫。それは今も長身でがっしりとした体躯から伝わってきます。地元の農業高校の畜産課を卒業し乳業会社に就職。都市部にも出ましたが、すぐに帰郷し地元の農協に勤め、その後住宅設備関係の仕事につかれました。折しも神戸が大震災に見舞われると現地に長期間出向き、手を抜かない丁寧な仕事で復興に尽力されました。
長年の仕事にもひと区切りがついたそんなある日、田中さんが隣の丹波篠山を通りがかった際、農家の軒先で古老が杉玉を作っているところに遭遇。手さばきを観察するうち、これなら自分も出来ると挑戦を決意します。製作を始めてからは、まず材料の杉を選び抜き、山奥の難所にも出かけて樹勢のよい生育地を二か所に限定。それを伐採して軽トラ満載で持ち帰り作業に没頭する日々。凝り性ですから細部に工夫を重ね続け、より美しく仕上がるように改善を重ねて今日に至っています。
謡曲を嗜み、河内音頭初音会の師範にまでなった熱い和心で、ひと玉ひと玉に心血を注いで作られる田中さんの杉玉は、新酒の蔵出しを告げる奥丹波の風物詩となっています。