5月下旬の晴れ渡る青空の下、兵庫県立農林水産技術総合センター・酒米試験地にて研究用酒米の田植えが行われました。杉本琢真氏が一本ずつ丁寧に植える次世代酒米“Hyogo Sake 85(ヒョウゴ サケ エイティファイブ)”。酒米王国・兵庫県が10年ぶりに開発した待望の新品種です。
溯ること33年前、酒米試験地は新品種“兵系酒八十五号”の開発に着手しました。山田錦はその醸造特性の高さゆえ“酒米の王者”と称されますが、農家泣かせの酒米としてもまた王様級。晩生品種で、稲の背丈が高く、台風などで倒伏しやすく、加えて脱粒しやすい酒米です。素晴らしい酒造特性を引き継ぎつつ、農業的な観点で改良された品種の開発は業界に携わる誰もが望んでいることでした。
通常は自家受粉するイネですが、新酒米を開発する際は別品種を交配します。花が咲く直前のタイミングでめしべの周りのおしべを取り除き、別の品種の花粉を授粉するのです。“兵系酒八十五号”は山田錦を父、農業特性に優れた水原258号を母として交配。授粉が完了すると、生育期間を経て米がなります。そのそれぞれを田に蒔き、イネを生育させます。生えたイネの中から良質なモノだけを選別し、品質が安定するまで毎年種をまき続けました。“兵系酒八十五号”の場合、背丈やコメ質が安定するまでに18年という長い歳月を要し、更に15年をかけて品種特性の把握と栽培方法の研究を行いました。
杉本さんが兵庫県立農林水産技術総合センターに採用されたのは1999年。未知の領域を開拓する品種開発に魅せられました。先人から受け継いだ酒米の研究は前述の通り非常にシビアで、世に出せるのは約10万個体の中からたったの1つ。それでも「いいイネが生まれてくるといつだって大きな希望を感じる」と笑顔を見せます。
2018年6月1日、県指定の3蔵が醸造した新酒米による日本酒が一斉に蔵出しされました。海外輸出向けの醸造製品の原料米としても大きな期待を背負い、日本初のローマ字表記の酒米として命名された“Hyogo Sake 85”。山田錦から受け継いだ芳醇な香りとこの酒米特有のキレ味は国内外の酒通から上々の評価を受けています。
多収、早生、かつ穂が短く、農業面でも山田錦の課題を解決できます。杉本さんは、「非常にポテンシャルが高く、まだまだやれることがある」と意気込みます。「新たな兵庫県のブランド酒米として世界で活躍してほしい」。丁寧に苗を植え付ける杉本さんの額に、大粒の汗が光りました。